1999.11.11(thu) 渋谷:eggman LIVE

今回のライブを一言で言うと、”修学旅行”みたいでした。
ほら、旅行の前って、あれもこれも入れて、これも持っていって・・・って、
持ち物を用意するのにバタバタとしちゃうでしょう。
今回は、一事が万事そんな感じだったのです。

今までのライブでは、アコースティックギターが3本で、機材の用意が一切無く、
良い意味でフットワークも持ち物も軽いところが良かった。
だけど、今回からはバンドになって、アンプとかドラムとか用意しなければいけないものが、いっぱいあって大パニックでした。
おまけに、初めて曲でドラムマシンを流しながらやりたい!なんて、考えてしまったものだから、
どうやって繋げればライブできちんと音が出るのか、コードはこれとこれとこれを用意して・・・と、不安なことだらけで、
当日のリハーサルで音が出るまでは、どうにも落ちつきませんでした。
だって、「このギターで使うシールドやチューナーは、ギターケースにまとめていれてー、
ドラムマシンで使う物は、このバックにまとめて入れてー、これでよし!!」ってな感じで、
まるで小学生みたいだったのです。

そして、リハーサルが終わり、ひとまずほっとしたのも束の間、
Egg-manの上に出てみるとお客さんが並び始めているではないの!
そう、この日2番目に出演する中村敦さんという方は、元カッツェというバンドで、
メジャーデビューしていたバンドのボーカル担当だったため、ファンの女の子が山のように来ていたのです。
Egg-manのスタッフに聞くと、なにやら100人以上は来てしまうそうで、出番が最初だし、
50枚しかチラシを用意していなかった私は、愕然でした。
でも、ガラガラの会場でやるよりは、超満員のお客さんの前でやる方がガッツがでるもので、
ワクワクしながらステージに立ったのです。

一曲目の「道の果て」は、まさに登場って感じの自分でも大好きなイントロで、
これを聞いて「あぁ、始まった」とほっとしたら、 Aメロで歌詞がとんじゃったのよね。
ちょっとあせったけど、大サビを歌ったあたりからだんだん調子が出てきました。
「夢現(ゆめうつつ)」では、
大サビの「♪眠っているのか、覚めているのか、分からなくなーぁ~ってーい~く~」のブレイクも決まり、
「海に会いに行こう」のなんちゃってJAZZ風アレンジも、
ドラムのキョースケさんのブラシが、なかなかの雰囲気をかもしだしていて。
次は、いよいよドラムマシンの登場の「深海」。
マシーンの調子も良く、マリコの調子も良く、Egg-manの会場は横に広いので、
ギターのハニュウダくんの横まで、動いてみたりしつつ。次の「BY MY SELF」。
実は、この時ベースのヤナちゃんが、トラブっていたのを後で知ったのだけれど、全然気がつかなかった。
この曲は、エレキギターのイントロやリフがめちゃめちゃかっこいい仕上がりになっていて、
やっていて一番気持ちの良い歌なので、そんなことはお構いなしに、ノリノリになっていたのでした。
ラストの曲の「JOURNEY」では、石川真理子のアコギから始まるので、心を込め、万感の想いを胸に弾きました。
果たして、ソロライブなんて、本当にできるのだろうか?。メンバーが決まるまで、ライブが決まるまで不安で。。
思えば長い8ヶ月だったなぁ、なんてそんなことを考えながら、歌っていたわけではないけれども、
Bメロのタカヒトのギターが入ってくる頃には、ちょっとだけセンチメンタルな気分になってしまいました。

演奏が終わり、客席へ出てみると、お客さんの多さにビックリ!
ステージの上からは、照明が暗くて分からなかったけど、後ろの方まで立っている人でいっぱいで、
200人弱は来ていたみたいです。
これで、ちょっとは度胸がついたかと思うので、良い経験になりました。

本当は、このライブをやり終えたら、なにかに満足しちゃうのかなぁと思っていたのです。
自分で作った曲の頭の中で鳴っていた音が、リハのたびにカタチになっていく快感が心地良くて、
リハのテープなんかも何度も何度も聴き返したくらいだから。
でも、ライブをしていて、ひとつのカタチになったからといって満足するはずもなく、
Jam Road時代にちょっとけじめがつけられたほうな気がするだけで、
これからまた新しい自分を生み出していきたいと思うのです。
というわけで、今はまた、次回のライブのことを考え中です。

平成11年11月11日